PayPalはPalmPilotの暗号化ソフトから始まった

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オープニング

【ジングル】 はい,どうもこんにちは.「雨宿りとWEBの小噺」始まりました.気づきの配達屋 Keethこと桑原です.

この番組では,気にも留めていなかったものに光を当てることで,世界の見え方が少し変わるかもしれない,そんな Web 業界の裏話や小噺をご紹介しております.

今回のお題は「PayPalはPalmPilotの暗号化ソフトから始まった」です.

本題

ネットでちょっとした買い物をするとき,カード情報を入力しなくていいから,PayPalの決済ボタンをつい選んでしまう,という人多いと思います.世界最大級のオンライン決済サービスで,今や当たり前すぎるくらい当たり前の存在ですよね.

でも,このPayPal,最初はオンライン決済のサービスですらなかった,と言ったら驚きませんか.最初の事業アイデアは,「PalmPilotという昔のスマートフォンの前身みたいな機械を使って,暗号化されたお金を赤外線で相手に飛ばす」という,かなり変わったものだったんです.ということで,今日のテーマは「PayPalはPalmPilotの暗号化ソフトから始まった」です.

まず主人公の一人,マックス・レブチンさんの話から始めます.レブチンさんは1975年,当時のソビエト連邦だったウクライナのキエフで,ユダヤ系の家庭に生まれました.ソ連末期,政治的にも経済的にも不安定な時代で,ユダヤ系の家庭に対する差別も強まっていた時期だったので,レブチンさんの家族は難民としてアメリカへの亡命を選びます.1991年,当時16歳だったレブチンさんは,モスクワからのパンアメリカン航空の便に乗って,家族と一緒にアメリカへ渡りました.このとき家族が持っていたお金は,わずか700ドルだったと言われています.そこからシカゴのイリノイ州で新しい生活を始めることになります.

大学時代からすでに起業を繰り返していたレブチンさんは,卒業前後に自分が作った会社を売却しています.売却先や金額については語られ方に幅があるんですが,いずれにせよ大金持ちになるような額ではありませんでした.その契約が正式に成立するまでの間は,実はほぼ無一文で,友人の家に転がり込みながらシリコンバレーまで大陸を横断して移動してきた,という苦労人エピソードがあります.難民としてほぼ無一文でアメリカに渡ってきた少年が,10年ちょっとでシリコンバレーの真ん中に立っていた,というのがこの話の始まりです.

そのシリコンバレーで,レブチンさんはスタンフォード大学の講演会に足を運びます.講師として話していたのが,のちの相棒になるピーター・ティールさんでした.ティールさんはアメリカの実業家で,当時はヘッジファンドを運営していました.もともとはスタンフォード大学のロースクールを出た弁護士で,投資家に転身した人物です.のちにFacebookの初期にまとまった出資をした人物としても有名になりますし,ベンチャー投資の世界でも独特の存在感を持つようになっていきます.講演を聴きに来ていた学生の一人が,のちにここまで一緒に大きな仕事をすることになるとは,ティールさん自身も思っていなかったんじゃないかなと思います.レブチンさんはこの講演のあと,ティールさんに「暗号化の技術をライブラリ化して,それをいろんな会社にライセンスするビジネスをやりたい」と持ちかけます.ティールさんはこのアイデアに興味を持って,自分のファンドから数十万ドルを出資すると約束しました.

こうして1998年,2人が中心となって会社が立ち上がります.最初は「Fieldlink」という名前で,その後すぐに「Confinity」に改名されました.この「Confinity」という名前,「Confidence(信頼)」と「Infinity(無限)」を組み合わせた造語だと言われています.暗号化技術で「無限の信頼」を作る,という意味を込めた,いかにもセキュリティ企業らしいネーミングですね.当初の狙いは,PalmPilotのような携帯情報端末,今でいうスマートフォンの前身のような機械の向けに,セキュリティと暗号化のソフトウェアを作ることでした.

ただ,事業を進めていくうちに,レブチンさんたちはある壁にぶつかります.最初に作ろうとしていたのは,携帯端末向けの汎用的な暗号化ライブラリを他社にライセンスするというビジネスでした.技術的にはよくできていたんですけど,「これを使ってセキュリティを強化したい」という具体的な需要を持つ企業が,思ったより見つからなかったんです.技術が優れていることと,それを欲しがる人がいることは,残念ながらイコールじゃないんですよね.そこでティールさんが出したアイデアが,「暗号化技術そのものより,暗号化を使ってお金を安全に保存する,という使い道に絞り込んだらどうだろう」というものでした.ここから「デジタルウォレット」というコンセプトが生まれます.技術の使い道を絞り込んだ瞬間に,ようやく具体的な事業の形が見えてきた,というわけです.

そうして開発されたのが,PalmPilotの赤外線ポートを使って,お金を送金できるアプリでした.今の若い人には想像しにくいかもしれないですけど,昔のPalmPilotって,本体同士を近づけて,赤外線通信でデータをやり取りする機能がついていたんです.これを使って,暗号化された100キロバイトくらいの小さなデータを20秒くらいで送って,3秒で送金が完了する,という仕組みを作り上げました.今のスマホ決済の感覚からすると気が遠くなるような話ですけど,当時としては最先端の発想でした.

1999年のローンチイベントでは,実際にこの技術のデモが行われています.投資家であるノキア・ベンチャーズの担当者が,ピーター・ティールさんのPalmPilotに向けて,450万ドルの出資金そのものを赤外線でビーム送金してみせたんです.レブチンさんは2台の端末を事前に仕込んでおいた側ですね.デモ用の架空の数字ではなく,本物の出資金を目の前で飛ばしたわけで,会場の投資家たちを大いに驚かせました.未来の決済がここにある,というインパクトのあるデモだったと思います.

ところが,現実はそんなに甘くありませんでした.サービスをローンチしてから数週間経っても,ユーザー数はおよそ13,000人程度.しかも1年経っても,やっぱり同じくらいの13,000人のままで,全然増えなかったんです.理由はシンプルで,「PalmPilotを持っている人同士が,同じ場所に同時に居合わせる」という状況自体が,そもそもめったに起きなかったからです.どんなに技術がすごくても,使う相手がいなければ意味がない.この,ある意味当たり前すぎる壁にぶつかって,チームはピボット,つまり事業の方向転換を決断します.

ピボット先として選んだのが,「メールでお金を送る」という,今では当たり前になった仕組みでした.PalmPilot同士を近づける必要なんてなく,メールアドレスさえ知っていれば,誰にでもお金を送れる.このシンプルさが爆発的に受け入れられて,あっという間にユーザー数が伸びていきます.赤外線でお金を飛ばすという派手なアイデアが失敗したからこそ,地味だけど本当に使われるアイデアにたどり着けた,というわけです.

これ,実は僕自身にも似たような経験があって,このポッドキャストのメンバーシップ配信の基盤を作ろうとしたときの話を,別の回でお話ししたことがあります.最初はCloudflare Workersを使って,認証からURLの署名まで全部自分でガチガチに作り込んだんですけど,最終的には全部やめて,Substackというシンプルな外部サービスに乗り換えました.技術的にかっこいいものを作ることと,実際にちゃんと使われる形にすることは,別の話なんですよね.PayPalの場合も,PalmPilot同士を近づけて赤外線で送金するというのは,技術としてはかなり尖っていて面白いものでした.でも「本当に使われるかどうか」という視点で見ると,メールでお金を送る方がずっと現実的だった.派手な技術力よりも,シンプルさと現実的な普及可能性を優先する判断ができるかどうかが,結局は生き残りを分けるんだな,と改めて思います.

同じ時期,実はもう一人の重要人物が同じような金融サービスを別に作っていました.イーロン・マスクさんです.彼は「X.com」という,オンライン銀行のようなサービスを立ち上げていました.しかも面白いことに,ConfinityとX.comは,パロアルトの同じ通り沿いに,ほとんど向かい合うような場所にオフィスを構えていたんです.

最初はそこまで直接の競合ではなかったんですけど,2つの会社が偶然にも同じタイミングで「メールアドレスだけでお金を送れる」という,全く同じ機能を思いついてしまいます.ここから両社の関係は,一気に険悪になっていきます.Confinityチームの誕生日会で用意されたケーキには,クリームで「Die X.com, die(X.comよ,死ね)」という物騒な文字が書かれていたという話が残っていますし,マスクさん側からも「競合をぶっ潰せ」という趣旨のメールが社内に飛んでいたそうです.レブチンさんは,パロアルトの街を歩くときは口を慎むように,とエンジニアたちに注意していたという話まであります.どこかでスパイに聞かれているかもしれない,ゴミ箱を漁られてアイデアを盗まれるかもしれない,というくらい,本気の敵対関係だったんですね.

そんな険悪な2社が,2000年になってなぜか合併します.理由は単純で,このまま潰し合いを続けていたら,当時ちょうど始まりかけていたドットコムバブル崩壊の波に,2社とも飲み込まれて共倒れになる,という危機感があったからです.敵同士が手を組む,まさに休戦協定のような合併でした.合併後は,最初はマスクさんがCEOに就任しました.

ところが,ここでちょっとしたドラマが起きます.マスクさんが新婚旅行に出かけている間に,レブチンさんたちがピーター・ティールさんを臨時CEOに据えるという,社内クーデターのようなことが起きたんです.原因は,ブランド名や技術方針をめぐる対立でした.マスクさんは「X.com」というブランド名にこだわっていたんですけど,社内では「Xという文字がアダルトサイトを連想させる」という懸念の声が根強くありました.結局,会社はマスクさんの意向とは違う形で,「PayPal」という名前のまま,2001年に正式に社名変更されています.

この「PayPal」という名前自体もシンプルな由来で,「Pay(払う)」と「Pal(友達,仲間)」を組み合わせただけの言葉です.「友達にお金を払う」,つまりメールアドレスひとつで友人にサッとお金を送れる,というサービスの本質そのものを,そのまま名前にしてしまった形ですね.派手な合成語でもなければ,隠れた意味があるわけでもなく,機能をそのまま素直に名前にした,という点では意外とシンプルな由来です.

2002年2月,PayPalは株式を公開してIPOを果たします.ちょうどドットコムバブルが崩壊した直後という厳しい時期でしたが,それでも当時の時価総額は12億ドルほどありました.そしてそのわずか数ヶ月後の同じ年の7月,オークションサイトのeBayが,PayPalを15億ドルで買収すると発表します.しかもこの交渉,ピーター・ティールさん本人によると,正式な話し合いが始まってからわずか1週間ほどでまとまってしまったそうです.なぜそんなにスムーズだったかというと,理由はシンプルで,当時PayPalの決済のおよそ6割が,すでにeBay上の取引によるものだったからです.これはeBay自身が買収発表のときに公表している数字です.つまり2つの会社は,すでに実質的に一心同体みたいな関係になっていて,買収はごく自然な流れだったんですね.

そして,このあとが実は一番面白いところなんです.買収後,PayPalの創業メンバーたちは次々と会社を離れて,それぞれ新しい挑戦を始めていくんですけど,このグループが後に「PayPalマフィア」と呼ばれる伝説的なネットワークになっていきます.

このニックネームがついたのは2007年,Fortune誌がある企画をやったのがきっかけです.サンフランシスコのレストランに,かつてのPayPalメンバーを中心に13人を集めて,トラックスーツと金のネックレスという,当時流行っていたドラマ「ザ・ソプラノズ」を意識した衣装を着せて,ウイスキーグラスやポーカーチップを持たせて撮影したんです.いかにも「裏社会のボスたち」という雰囲気の写真で,これがテック業界でもかなり有名な一枚になりました.ちなみにこのとき,イーロン・マスクさんは別件でシカゴにいて参加できませんでした.YouTubeのチャド・ハーリーさんとスティーブ・チェンさんも,当時の親会社だったGoogleの広報が,ギャング風の演出を嫌がって不参加だったそうです.しかも写っている13人のうち1人は,撮影場所のレストランのマネージャーで,PayPal出身者ですらないとFortune自身が注記しています.

このPayPalマフィアのメンバーが,その後どんな会社を作ったかというと,これがもう驚くほど豪華です.YouTubeを作ったチャド・ハーリーさん,スティーブ・チェンさん,ジョード・カリムさんの3人.ビジネスSNSのLinkedInを作ったリード・ホフマンさん.電気自動車のテスラと宇宙開発のスペースXを率いるイーロン・マスクさん.データ分析企業パランティアを作ったピーター・ティールさん.レビューサイトYelpを作ったジェレミー・ストッペルマンさんとラッセル・シモンズさん.後払い決済のAffirmを作ったマックス・レブチンさん本人.他にも,ベンチャーキャピタルの世界で今も強い影響力を持っているファウンダーズ・ファンドという投資会社も,このメンバーたちが立ち上げたものです.

こうして名前を並べていくと,一つの決済サービスから飛び出した人たちが,今のシリコンバレーの相当な部分を作った,と言っても大げさじゃないくらいです.彼らが関わった会社の時価総額を全部合計すると,数十兆円規模になると言われています.一つの会社が倒れる直前まで追い込まれながらも,そこで培われた人脈とノウハウが,次の10年,20年のテック業界そのものを形作っていった,というのはなかなかスケールの大きい話です.

ちなみに,肝心のPayPal自体もその後の歩みが面白くて,2002年にeBay傘下に入ったあと,2015年に改めてeBayから独立して,単独の上場企業として再スタートしています.今ではeBayの決済手段という枠を超えて,世界中のオンラインショップで使われる決済インフラの一つになっていますよね.赤外線でお金を飛ばそうとしていた会社が,今や世界中の家計簿に登場する存在になった,というのも改めてすごい話です.

こうして振り返ってみると,世界を変えた決済サービスの原点は,「PalmPilot同士を近づけて赤外線でお金を飛ばす」という,結局ほとんど誰にも使われなかった機能だったんですよね.しかもその機能を作ったチームが,そのまま諦めずに次の一手を探し続けた結果,メール送金という全く違うシンプルなアイデアにたどり着いた.失敗した技術そのものは表舞台から消えましたが,その過程で培われたチームと粘り強さが,結果的に世界を変えるサービスと,シリコンバレーを代表する人材ネットワークを両方生み出したことになります.

「ピボット」という言葉,スタートアップの世界ではもう当たり前に使われる言葉になっていますけど,PayPalの物語くらいここまでリアルにその言葉の意味を体現している例も,なかなかないんじゃないかなと思います.最初のアイデアがうまくいかなかったからといって,それが失敗のすべてじゃない.むしろその失敗を経由したからこそ,次の正解にたどり着けることがある.PayPalの歴史は,そのことをすごく分かりやすく教えてくれる話だと思います.

しかも面白いのが,最初の技術自体は結局ほとんど日の目を見なかったのに,そこに関わったチームとか人脈は,その後何十年もかけてシリコンバレー全体に影響を与え続けている,ということです.技術やプロダクトそのものには賞味期限があるかもしれないけど,そこで一緒に苦しんで,一緒にピボットを乗り越えたチームの結束は,形を変えて長く生き続ける.難民としてほぼ無一文でアメリカに渡ってきた少年と,ロースクール出身の投資家と,のちに火星を目指すことになる起業家が,たまたま同じ通りでお互いを潰し合おうとしていた.その因縁が結局は手を組む形になって,今のテック業界の骨格の一部を作った.こうやって振り返ると,本当にドラマみたいな話ですよね.

はい,いかがだったでしょうか.今回は「PayPalはPalmPilotの暗号化ソフトから始まった」というテーマで,PayPal誕生の裏側についてお届けしました.

📎 https://en.wikipedia.org/wiki/Confinity 📎 https://medium.com/@junaaak/beaming-bucks-how-paypal-started-on-palm-pilots-yes-really-bc0204bb244a 📎 https://commoncog.com/c/cases/paypal-idea-maze/ 📎 https://www.washingtonpost.com/history/2023/07/25/elon-musk-paypal-twitter-x-rebrand/ 📎 https://en.wikipedia.org/wiki/PayPal_Mafia 📎 https://fortune.com/article/paypal-mafia 📎 https://pivotal.digital/insights/1998-the-birth-of-paypal 📎 https://www.tryalma.com/learn/max-levchin-immigration-story 📎 https://en.wikipedia.org/wiki/Max_Levchin 📎 https://sequoiacap.com/podcast/crucible-moments-paypal/ 📎 https://www.etymonline.com/word/Paypal 📎 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/0001065088/000089161802003151/f82834exv99w3.txt 📎 https://grainger.illinois.edu/news/features/making-of-max-levchin

エンディング

【エンディングBGM】 さて,そろそろ今回もクロージングです. 今回は「PayPalはPalmPilotの暗号化ソフトから始まった」について話しました.

次回も,Webテクノロジーの小噺をお届けします.

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それでは,また次回の雨宿りでお会いしましょう!「雨宿りとWEBの小噺」お相手は Keeth でした.さようなら! 【ジングル】

📚 参考情報

ファクトチェック実施日:2026-09-06

検証済み

  • 1999 年のデモで 450 万ドルをビームしたのはノキア・ベンチャーズの Pete Buhl. 演出用の数字ではなく,実際の出資金そのものをティールの PalmPilot に送金した |📎 https://commoncog.com/c/cases/paypal-idea-maze/
  • eBay 買収発表(2002 年 7 月 8 日)時点で PayPal のビジネスの 約 60% が eBay 上で発生. 「3 分の 2」は上振れなので使わない|📎 eBay の 8-K(SEC)
  • 数週間で約 13,000 ユーザー,1 年後もほぼ横ばい|📎 https://commoncog.com/c/cases/paypal-idea-maze/
  • 1991 年・16 歳・モスクワからパンアメリカン航空・所持金 700 ドル |📎 https://grainger.illinois.edu/news/features/making-of-max-levchin (別資料には「5 人家族で 600 ドル」との記述もある.大学公式の 700 ドルを採用)
  • 1998 年 Fieldlink として設立 → Confinity に改名,2000 年 3 月に X.com と合併, 2001 年に PayPal へ社名変更|📎 https://en.wikipedia.org/wiki/Confinity
  • Fortune の写真は 2007 年.マスクはシカゴで受賞のため不在, ハーリーとチェンは Google 広報の意向で不参加.13 人中 1 人は店のマネージャー |📎 https://fortune.com/article/paypal-mafia

言い切りを避けた箇所

未検証(次に確認するならここ)

  • IPO 時価総額「12 億ドル」
  • 「合併後は最初はマスクさんがCEOに就任」の時系列 (⚠️ 合併直後の CEO はビル・ハリスだった可能性がある.収録前に要確認)
  • 新婚旅行中のクーデターとティール臨時 CEO 就任の詳細
  • 100KB/20 秒/3 秒という送金スペック
  • 「Die X.com, die」のケーキ,Confinity の社名由来(Confidence + Infinity)
  • PayPal マフィア各社の時価総額「数十兆円規模」

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