GitHubのOctocatには兄弟がいる?
配信URL:(配信済みになったら記入)
台本
オープニング
【ジングル】 はい,どうもこんにちは.「雨宿りとWEBの小噺」始まりました.Keethこと桑原です.
この番組では,Webテクノロジーの歴史や裏側にある,ちょっとした小噺をご紹介しております.
今回のお題は「GitHubのOctocatには兄弟がいる?」です.
本題
エンジニアのノートパソコンって,ステッカーがベタベタ貼ってあること多いですよね.僕のパソコンにも何枚か貼ってあるんですけど,その中でもかなり定番なのが,タコと猫が合体したような,あの黒いキャラクターです.GitHubというサービスのマスコットで,「Octocat(オクトキャット)」という名前がついています.
GitHubというのは,エンジニアがプログラムのコードを保存したり,みんなで共有したりするためのサービスで,世界中のエンジニアがほぼ毎日使っていると言っていいくらい定番のサービスです.そのロゴであり顔でもあるのが,このタコと猫のキャラクターなんですよね.
今日はこのOctocat,実は「兄弟」がいるという話をしようと思います.しかもその兄弟,Web業界どころか,スマホを持っている人ならほぼ全員が見たことあるレベルの超有名キャラクターです.ということで,今日のテーマは「GitHubのOctocatには兄弟がいる?」です.
まず,このOctocatを描いた人の話からします.名前はサイモン・オクスリーさん,イギリス人のイラストレーターです.1969年,イギリスのキングスクレアという田舎町の生まれで,子供の頃からとにかく絵が好きだったそうです.漫画とか絵本を模写しまくって,学校の課題でも歴史や地理のレポートに凝った挿絵を描いて,内容より絵で評価されるくらいだった,というエピソードが残っています.ボーンマス・アンド・プール美術大学でグラフィックデザインとイラストレーションを学んで,その後フリーランスのイラストレーターになりました.
面白いのが,オクスリーさんは1999年ごろに来日していて,原宿にあるデザイン会社で働き始めています.東京に3年,そのあと福岡に9年住んでいて,合わせて12年くらい日本で生活していたことになります.2002年からは自分の屋号「Idokungfoo」で独立して,世界中のクライアントの仕事を日本から請け負うようになりました.
このとき彼が受けた影響が,まさにあのタッチの秘密なんですよね.日本のゆるキャラ文化,かわいい系のデザイン,あとは浮世絵みたいな伝統的な日本美術,さらには神社仏閣めぐりが趣味だったらしくて,そこで見た装飾のデザインにもかなり影響を受けたと語っています.しかも奥さんが日本人で,奥さんのご家族にすごく良くしてもらったおかげで日本での暮らしが本当に楽しかった,とも話しています.つまりOctocatのあの独特などこか可愛らしいタッチ,あれは半分日本製と言ってもいいくらい,日本文化がしっかり染み込んだデザインだったんですね.
2004年ごろ,オクスリーさんは「iStockphoto」というマイクロストックのサイトにイラストを投稿し始めます.マイクロストックというのは,写真やイラストを1枚数ドルくらいの安い値段で誰でも買えるようにして,たくさん売って稼ぐ仕組みのことです.オクスリーさんも,自分の描いたキャラクターを次々とこのサイトに置いていきました.
2006年,オクスリーさんが投稿した「幾何学的な青い鳥」のイラストに,あるチームの目が留まります.そう,Twitterの創業チームです.当時の購入価格は10ドルから15ドルくらい,オクスリーさんに実際に入ったロイヤリティはわずか2ドルから6ドルだったそうです.コーヒー数杯分のお金で,あの世界的なロゴが生まれたことになります.
しかもこの話には後日談があって,オクスリーさんは自分の鳥がTwitterのロゴになったことを,実に3年間知らなかったんです.2009年のある日,自宅でビールを飲みながらCNNを見ていたら,画面に自分のデザインが映った.本人いわく「ビールのラベルを二度見して,妻を呼んだ」というのが,その瞬間の反応だったそうです.いきなりテレビに自分の絵が出てきたら,そうなりますよね.
ちなみにこの「数ドルでイラストを売る」という仕組み自体,マイクロストック業界ではよくある構造で,批判もされています.iStockphotoのようなサイトでは,写真やイラストを投稿した人に入るのは売上のだいたい15パーセントくらいで,専属契約だと45パーセントまで上がることもありますが,基本的にはかなり安い取り分です.しかも1点あたりの値段自体が,普通のストックフォトサイトの数十分の一という安さです.プロの写真家やイラストレーターの相場そのものを押し下げてしまう,という批判もずっとある業界なんですよね.オクスリーさんのイラストも,まさにこの仕組みの中で,コーヒー数杯分の値段で世界的なロゴになってしまったわけです.
ちなみにこのiStockphoto自体は,2000年にブルース・リビングストンさんという方が,最初は無料で写真を配る小さなプロジェクトとして始めたサービスでした.運営コストがかさんできたので2002年ごろに有料の仕組みに切り替えて,そこから急成長します.そして2006年,写真業界の巨人ゲッティイメージズに,5000万ドルで買収されているんです.オクスリーさんの鳥やタコ猫が投稿されたのが2006年から2007年ですから,ちょうどプラットフォーム自体が大きなお金を手にした直後のタイミングで,個々のイラストレーターにはコーヒー数杯分のお金しか渡らなかった,ということになります.プラットフォームは何十億円という価値を手にして,実際に絵を描いた人には数百円というのは,ちょっと考えさせられる話ですよね.
面白いのは,オクスリーさん自身はこのことをそんなに恨んでいないらしいということです。後のインタビューで,Twitterの鳥のおかげでWiredとかワシントン・ポストみたいな有名メディアから何度も取材を受けたし,世界中の何百万人もの目に自分の作品が触れたことが,結果的にキャリアにとってすごく大きな宣伝効果になった,と前向きに語っています。ちなみにTwitterは2012年に鳥のロゴを今のシンプルな形にリニューアルしているんですけど,オクスリーさんは後年「私がデザインしたのは最初の鳥であって,2代目の鳥ではない」とわざわざSNSで説明しています。今みんなが思い浮かべるあのシンプルな青い鳥は別のデザイナーの作品で,オクスリーさんが描いたのはその前の,もう少し幾何学的なバージョンだった,ということですね。この辺りの細かいこだわりも,職人らしいなと思います。ちなみにこの「サンドイッチ1個分の値段でロゴをライセンスした」という話,実はもう一つ有名な前例があって,あのNikeのスウッシュマーク,あの一筆書きのチェックマークをデザインしたキャロリン・デビッドソンさんも,最初にもらった報酬はたった35ドルだったそうです。世界的なロゴが,驚くほど安い金額で生まれるというのは,デザインの世界では意外とよくある話なのかもしれません。
そして翌年の2007年,今度はタコと猫を合体させた「Octopuss(オクトパス)」というイラストを,同じiStockphotoにアップロードします.これをGitHubの創業チームが,404エラーページ用に使うイラストを探しているときに発見しました.ただしTwitterのときとは違って,GitHubはちゃんとオクスリーさんと連絡を取って交渉し,独占的な使用権を取得しています.
つまり,世界で一番有名なSNSのロゴと,世界で一番有名な開発者向けサービスのマスコット,この2つは同じ人が描いた,いわば兄弟なんですよね.しかも僕が調べていて驚いたんですけど,これだけじゃなくて,DigitalOceanというクラウドサービスのサメのキャラクター「Sammy」や,短縮URLサービスBitlyのフグのキャラクターも,同じオクスリーさんの作品なんです.DigitalOceanのSammyについては,2014年,会社の5周年を記念してオクスリーさん自身がリデザインを手がけていて,ステッカーとかストレス解消グッズにもなるくらい愛されるキャラクターに育っています.しかもオクスリーさんは晩年まで現役で,2020年にはインフラ管理サービスPulumi向けにカモノハシのキャラクター「Pulumipus」を,2021年にはHoss.comという会社向けのマスコットまで手がけています.粘土で立体モデルまで作って形を詰めていたそうで,最後まで職人気質のイラストレーターだったんですね.一人のイラストレーターが,気づかないうちにIT業界のマスコットを何体も生み出していた,ということになります.
ちなみにGitHub自体の話も少しだけしておくと,2007年の終わりごろ,トム・プレストン=ワーナーさん,クリス・ワンストラスさん,PJ・ハイエットさんという3人が中心になって開発が始まって,2008年4月に正式に公開されています.最初はごく普通のRuby on Railsで作られた,コードを保存・共有するためのサービスだったんですけど,その顔となるマスコットとして選ばれたのが,たまたまiStockphotoで見つけたオクスリーさんのタコ猫だった,というわけです.
名前の由来もちょっと面白くて,「Octocat」というこの名前,実はGitの世界にある「octopus merge(オクトパスマージ)」という言葉からつけられています.Gitというのは,エンジニアがコードの変更履歴を管理するために使う仕組みで,複数人で書いた変更をひとつにまとめる作業のことを「マージ」と呼びます.普通は2つの変更をまとめるんですけど,3つ以上を一気にまとめる特殊なやり方があって,それを「octopus merge」と呼んでいるんです。タコの足がたくさんの物を同時につかむイメージですね。この専門用語,覚えなくて全然大丈夫なんですけど,タコの足で複数のものを一気につかむ,というイメージだけ持ってもらえれば十分です.オクスリーさん自身はそんなつもりで描いたわけじゃなかったんですけど,たまたまタコと猫を合体させたデザインが,Gitのこの言葉とぴったりハマって,「Octocat」という名前に落ち着いたわけです.偶然の一致が,キャラクターに深みを与えた形ですね.
ここでもう一つ,本当の意味での「兄弟」の話をします.GitHubは2011年,キャメロン・マクフィーさんというイラストレーターを採用します.彼はまず,エラーページ用にOctocatをスター・ウォーズ風とか,アニメのワイリー・コヨーテ風にパロディ化して描き直しました.そこから社内向けに,いろんなコスチュームを着たOctocatをどんどん描き溜めていくようになって,これが「Octodex(オクトデックス)」という公式ギャラリーの始まりになります.
Octodexは今では160種類以上のOctocatバリエーションを収録していて,アイアンマン風の「Ironcat」,プログラマー風の「Codercat」,女性版の「Femalecodercat」,ヤギ風の「Yaktocat」,インドの民族衣装サリーを着た「Saritocat」など,本当に多種多様です.こっちの意味では,Octocatには何十匹もの兄弟がいる,と言えますね.社内のデザイナーが息抜きがてら新しいコスチュームを考えて追加していく,というのがずっと続いていて,今では公式のイベントやキャンペーンのたびに新しいOctodexのキャラクターが増えていくのが恒例になっています.いわば,GitHubという会社の文化そのものを映す鏡みたいな存在になっているんですよね.
ちなみにOctocatには本名があって,「Mona Lisa(モナリサ)」,略して「Mona(モナ)」と呼ばれています.これはGitHub創業初期に,社員の娘さんがOctocatを気に入って書いた物語が由来になっているんです。物語の中で,モナリサという名前の猫が海に行って,飼い主にゴーグルをもらって泳げるようになるんですけど,泳いでいるときにサンゴを飲み込んでしまって,タコみたいな足が生えてくる,でも顔は普通のまま,という展開になっていて,そこから「モナリサ・オクトキャット」という名前が定着したそうです.子供が書いたお話がそのまま公式設定になった,というのも素敵な話ですよね.
ちょっと話が逸れますけど,そもそもなんでIT企業ってこんなに動物のマスコットを作りたがるんだろう,と思ったことないですか.GitHubのOctocat,Twitterの鳥,Dockerのクジラ,メール配信サービスMailchimpのサル「Freddie」,データベースのMongoDBの葉っぱのキャラクター,PostgreSQLの象.挙げていくとキリがないくらい,技術系の会社って動物のキャラクターを看板にしたがるんですよね.
理由はシンプルで,コードとかサーバーとかデータベースって,普通の人からするとよくわからない,冷たくて怖い印象を持たれがちなんです.そこに愛嬌のある動物のキャラクターを置くことで,「難しそうだけど,なんか親しみやすいかも」という印象に変えられる.つまりマスコットは,技術と人間の間の緩衝材みたいな役割を果たしているんですよね.Octocatも,タコと猫という組み合わせ自体に深い意味はなかったんですけど,結果的にGitHubという少しとっつきにくいサービスを,世界中のエンジニアに愛される存在に変えた立役者だと思います.
意外な小ネタもいくつかあって,Octocatには「絶対に喋ってはいけない」という社内ルールがあるらしいです.これ,Microsoftのオフィスソフトで昔よく登場した「イルカのカイル」みたいな,喋るアシスタントキャラクターが煙たがられた反省を踏まえてのルールだと言われています.親しみやすいキャラクターでも,勝手にしゃべり出すと逆にうっとうしくなる,というのは分かる気がしますね.
あとは正面から見たとき,Octocatの下半身が「4本足プラス尻尾」なのか「触手8本」なのか,長らく決まっていなかったらしいんですけど,フィギュア化するときに「触手5本」という結論に落ち着いたそうです.タコなのに触手が5本というのもちょっと変な話ですけど,見た目のバランスを優先した結果らしいです.こういう細かい設定を後付けで固めていく感じも,愛されキャラクターらしいエピソードだなと思います.
GitHubは今では,ユーザーが自分の好きな見た目にOctocatをカスタマイズできる「My Octocat」というサービスまで提供していて,自分のGitHubのプロフィールアイコンとして,世界に一つだけの自分専用Octocatを作れるようになっています.体の色や表情,持ち物なんかを自由に組み合わせられるので,遊びでいろいろ試してみるエンジニアも多いです。たった一枚のストックイラストから始まったキャラクターが,今では何百万人ものエンジニアがそれぞれ自分だけのバージョンを持てるくらいの,大きな文化にまで育っている,ということですね。
最後に,どうしても伝えておきたいことがあります.このOctocatとTwitterの鳥,両方を生み出したサイモン・オクスリーさんは,2026年4月4日,56歳でお亡くなりになりました.コーヒー数杯分のお金で描いたイラストが,何億人もの人が毎日目にするアイコンになって,しかも本人は3年間それに気づいていなかった.そんな不思議な巡り合わせを持った人が,静かに人生を終えられたことになります.彼のポートフォリオサイトには,今もこんな言葉が残っています.「Simon has passed away, but all his designs and ideas live on.」.サイモンは亡くなりましたが,彼のデザインとアイデアは生き続けます,という意味です.
エンジニアリングマネージャーという立場で普段仕事をしていると,こういうデザインとか,ブランドの世界観を作る仕事の価値って,正直かなり見えにくいなと感じることがあります。機能を作ったエンジニアの名前は社内でちゃんと語られるのに,そのプロダクトの「顔」を作った人の名前は,意外と誰も覚えていない。Octocatの話を調べていて,まさにそれを実感しました。GitHubを使うたびにあのタコ猫を見ているのに,描いた人の名前を答えられるエンジニア,そんなに多くない気がするんですよね。僕も今回調べるまで知りませんでした。
オクスリーさんが亡くなったというニュースが流れたとき,SNS上ではエンジニアやデザイナーを中心に,たくさんの追悼の声が上がりました。「あのタコ猫を作った人がこんな人だったなんて」「毎日ステッカーを見てたのに,作った人のことを何も知らなかった」というコメントがたくさんあって,改めて彼の作品がどれだけ多くの人の生活に溶け込んでいたかがわかる出来事でした。
僕たちが毎日何気なく見ているアイコンやロゴにも,こうやって一人の人間の人生がちゃんと乗っているんですよね。GitHubを使わない人でも,Twitterのあの鳥の記憶はきっとあると思いますし,スマホやパソコンの画面のどこかで,オクスリーさんの絵を目にしたことがない人の方が少ないんじゃないかと思います。次にOctocatのステッカーを見かけたときとか,昔のTwitterの青い鳥のことをふと思い出したときとか,ちょっとだけサイモン・オクスリーさんのことを思い出してもらえたら嬉しいです.
はい,いかがだったでしょうか.今回は「GitHubのOctocatには兄弟がいる?」というテーマで,Octocatとその生みの親の物語をお届けしました.
📎 https://cameronmcefee.com/work/the-octocat/ 📎 https://lilting.ch/en/articles/simon-oxley-twitter-bird-github-octocat 📎 https://octodex.github.com/ 📎 https://blog.jakelee.co.uk/what-on-earth-are-octocats/ 📎 https://en.wikipedia.org/wiki/Simon_Oxley 📎 https://ubiminds.com/en-us/github-mascot-mona-the-octocat/ 📎 https://www.dexerto.com/entertainment/original-twitter-blue-bird-designer-dies-aged-56-3352236/ 📎 https://www.digitalocean.com/blog/sammy-the-shark-gets-a-birthday-makeover-from-simon-oxley 📎 https://www.fukuoka-now.com/en/simon-oxley/ 📎 https://en.wikipedia.org/wiki/Bruce_Livingstone 📎 https://en.wikipedia.org/wiki/GitHub 📎 https://www.uktech.news/news/cnns-got-my-bird-the-story-of-the-original-twitter-logo-20131008
エンディング
【エンディングBGM】 さて,そろそろ今回もクロージングです. 今回は「GitHubのOctocatには兄弟がいる?」について話しました.
次回も,Webテクノロジーの小噺をお届けします.
この番組が気に入った方は,ぜひチャンネル登録をお願いします. また,あなたからの感想やリクエストもお待ちしております! 𝕏で #WEB小噺 をつけて投稿していただくか,概要欄のお便りフォームからお送りください.
それでは,また次回の雨宿りでお会いしましょう!「雨宿りとWEBの小噺」お相手は Keeth でした.さようなら! 【ジングル】